京都の街中の低山・船岡山

2007・5・11


 「風景の印象(フランス・イタリア・中国そして日本)」というチラシを見て、日本画家の描いた洋画を見たくて堂本印象美術館へ行ってきました。いつものように京都の街中のスケッチポイント探しながら、地下鉄鞍馬口から歩いていくことにする。鞍馬口通の細い道を西へ・・・堀川通を横断してさらに細い道はつづく。紫野南船岡町にはったら建勲神社という標識が、右手を見ると森と神社の赤い柵が見える。ちょっと寄り道を・・・・



建勲神社の正面の鳥居
後の森は山のような感じでした。



石段を登っていくと建勲神社の本殿がある。



建勲神社(たけいさおじんじゃ)
 船岡山の山頂にある織田信長を祀る神社で、通称「けんくんじんじゃ」とも呼ばれる。天下統一した信長の偉勲を称え、明治二年(1869)明治天皇により創建されました。船岡山は平安京正中線の北延長上に位置し、平安京の玄武に擬され、造営の基準点にされたところで、本能寺の変(1582)の後、豊臣秀吉が正親町天皇(おおぎまちてんのう)の勅許を受け、主君である信長の廟所と定めている。十月十九日の船岡祭は織田信長が初めて入洛した日を記念したものである。(建勲神社の案内板より抜粋しました)






小高い所にある境内から東方に比叡山が望める。
神社にお参りしてから、社の左手よりうっそうとした森林の中の道を西に回り込むと展望のある船岡山の頂上に出ました。


船岡山頂上より京都の西山を見る。この前からくりを見に登った大塩山も見える。



三角点のある頂上はちょっとした広場になっている。




船岡山頂上の山東三角点
標高111.7m


西側には間近にボンの送り火で有名な左大文字(大文字山)が見える。


・・・・ 史 跡 ・・・・

 船岡山は小山であり、その東南側は建勲神社境内で特に欝蒼とした木々に被われている。豊臣秀吉の頃より信長公の霊地として自然がそのまま残され、京都盆地特有の樹相がよく保たれている。樹種が極めて多く、帰化植物がほとんど入りこんでいない京都市内で数少ない貴重な森とされている。また、聖徳太子の文献にもその名が出ており、船岡山の真南が大極殿、朱雀大路となった。平安朝の昔には清少納言が枕草子で「丘は船岡・・・」と讃え、また大宮人の清遊の地として多くの和歌が残されている。
船岡の若菜つみつつ君がため
 子の日の松の千代をおくらむ(清原元輔)
戦国時代の応仁の大乱の際、この船岡山が西軍の陣となり、以来船岡山周辺一帯は西陣の名で呼ばれている。
(案内板のつづき)



船岡山から北大路通りへでて、金閣寺方面に向かって歩く。金閣寺前で右折してちょっと鹿苑寺(金閣寺)門まで行ってみる。観光客で大賑わい、ここはパスして立命館大学前の堂本印象美術館へ・・・




鹿苑寺(金閣寺)の正門






立命館大学前のちょっと変わった白い建物が堂本印象美術館でした。
そういえば以前に竜安寺へ来たときこの立命館大学前からバスで帰るとき見ていました。その時は全然気が付いていない(^_^;)。






帰り道出合った衣笠の裏町
何となく京都ばれした感じの場所が気に入ってスケッチする。






上の橋を別な位置から眺めたスケッチです。




 初めて歩く道、適当に歩いていると土塀と森が見えてくる。どこなのかと近づいてみると北野天満宮の裏門でした。お参りしてからバスで京都駅へ。暑い一日でした。