観音正寺たずねて・・・繖山へ
2002・3・30(土)



安土駅近くからの繖山(きぬがさやま・標高440m)
 一昨日沖島でであった観音正寺の服住職さんを思い出して観音正寺のHPを見ていたら急に行きたくなって出かけました。




安土駅(10:00)
駅前の織田信長像
 安土駅前にコンビニがない。仕方なく駅から反対方向のスーパーへ昼食を仕入れに行く。


スーパーの前から見える
「文芸の郷」の建物(10:20 出発)



鳥打越へ向う
 今日は山と渓谷社「大阪周辺の山」にある石寺ルートを行く予定でしたが、途中の案内板に鳥打越の車道があることを知る。この住宅街を抜けて行くことにする・・・



11:00 道端の桜は3分咲き
 鳥打越へは前方の分岐で右へ。左へ行くとすぐに瓢箪山古墳だ。


 峠への道端にショウジョバカマやつつじが咲いていた。
鳥打越の舗装道路から近江八幡の八幡山が見える。



11:19 鳥打越(峠)着
 高度計は150mだ。ここから先へちょっと下った所に観音正寺への分岐がある。左へ行くと観音正寺、直進すれば石寺へ下りて行く。




観音正寺参道の石段と駐車場
 観音正寺へは有料道路(駐車料金を含めて¥500円)ですが、歩行者はフリーパス(^_^)。なが〜い舗装路を歩いて行くとやがて石寺からの参道に出会う。



12:00 300段の石段でしたが観音正寺の境内に着いたら汗が噴出す。本堂は山火事のために焼失、只今再建中とのことでした。



仮の本殿
 一昨日、琵琶湖の沖島への船中でお会いした観音正寺の副住職さんを尋ねる。昼時なのに快く出迎えていただき、観音正寺の再建中の本堂を案内してもらいました。


観音正寺のことは→西国第32番 繖山 観音正寺 です。
(観音正寺は西暦605年ころ、聖徳太子の創建と伝えられえいる)



大杉と再建中の本堂
落慶法要は平成16年3月とのこと、無事完成することをお祈りしています。仮本殿で納経帖に記帖してもらい繖山の山頂へ。



繖山への三角点へは左の写真の大杉の横を降りて本殿を迂回して行く。この写真は登山道から境内を振り返って撮ったものです。



三角点へはこの荒れた竹やぶの中を登って行きます。



13:00 山頂着
佐々木六角氏の観音寺城跡には気がつかず三角点に着いてしまった。



展望もなかなかいい。
ちょっと風が冷たいがここで昼食タイム。
遠く霞んでいるが三上山(近江富士)が見える。



山火事の無残な痕から安土山を見る。




 下山は「近江風土記の丘」へ下る。ここから山火事の無残な山肌を見ることになる。まるで死の山だ。回復には何十年かかるか分からないだろう。



14:13 文芸の郷に着く。モダンな安土城考古博物館が目に入ってくる。



安土城考古博物館



桜と柳原(りゅうげん)学校校舎。明治9年築、県下最古の小学校校舎が移築されている。


菜の花畑と安土山
(文芸の郷から)



文芸の郷の桜はまだ5部咲きまえでした。
文芸の郷から安土駅に向かう途中に桑の実寺への入り口がある。
安土駅のそばの城郭資料館、内部の喫茶店はの織田信長ゆかりのイタリア本場のエスプレッソが出てくるのにはちょっとびっくりしました。ガイド図にはちゃんと載っていました。




城郭資料館内の屏風絵”安土城”と安土城天主の模型