第二日曜写生会で伊吹山描きに柏原へ

(2011・2・13)

  いつも身軽なスケッチスタイルなのに、今回はスケッチブックと水彩道具に加えて、めずらしく20号のキャンバスにアクリル絵の具、簡易椅子とイーゼルといった重装備で出かけました。こちら湖南は晴れているが、柏原の天候はどうかな? 心配していたが柏原駅に近づいてきたら雪も小降りになって晴れ間もあらわれてきた。ラッキー!これなら何とか描けそうだ。
 会長から柏原駅集合時間は3時半とメンバーに伝達。ここから自由行動です。伊吹山を描く人、中山道沿いの民家を描く人と思い思いの方向に散らばっていく。私は2年前の3月、日曜写生会で来たときのポイントへ行くつもりだったが、急きょ変更してまず柏原を散策して伊吹を描くポイント探しすることにしました。



JR線に沿って北へ進むと伊吹山の雄姿が見えてくる。
(横断歩道のところから左へ入ると清滝神社の参道です)



清滝の集落と清滝山


まず、伊吹山の構図を探すつもりで、京極氏の菩提寺・徳源院(清滝寺)をめざす。寺の横から伊吹山の展望が良いという低山・清滝山への登山口もあるからだ。



清滝神社




神社左手にある登山道







登山道入り口に清滝山の道標がある。
(距離は8km・所要時間2時間)

とりあえず偵察のつもりで入っていく・・・10数分、急な坂道を登っていくと残雪が・・・
大きなキャンバスを持ちながらではこれ以上は無理だ。もし登れても伊吹山を描く時間が無くなってしまう。
清滝山は偵察にとどめて登山口に戻る。そうだ最初の目的・清滝寺徳源院(清滝神社横)に立ち寄って行こう。





徳源院(清滝寺)
   霊通山清滝寺徳源院(とくげんいん)

 徳源院は鎌倉時代より近江の守護職であった佐々木氏の一族で鎌倉時代から江戸時代まで栄えた京極氏の菩提寺である。

 始祖氏信から高吉(18世)までの墓と、大津城主高次(19世)の石廟がある。その他に五輪塔三基があります。これらは江戸時代に高豊(22世・丸亀藩主)が歴代当主の墓を一堂に集め、補修し整備したものである。・・・案内板より抜粋


境内左手に三重の塔






本 堂

本尊は木造「如意輪聖観世音菩薩坐像」
(恵心僧都作)




さあ、いよいよ伊吹山を描きに出発。
清滝の集落を抜けて再びJR東海の路線横に沿っている道路へ。




近江長岡方向へ歩く
雄大な伊吹が迫ってくる。
ちょうど来たJR東海の電車を入れて・・・・



さらに進むと踏切がある。そこを渡って田んぼの広がるフィールドへ




伊吹山とそれに連なる山々
素晴らしいパンラマ






伊吹山
(アクリル F20)
 広い平地なので風を防ぐ手立てがない。強風に何度もイーゼルごと倒される。
それに、どじなことにパレットを忘れてきた。しかたなくキャンバスをパレット代わりにして描く。
伊吹山は雲がかかったり、青空がのぞいたり、吹雪いたり、目まぐるしく変わる。
そんな風景と寒さに悪戦苦闘、なんとかここまで描けました。




広い平地(田んぼ)を北から南へ、ぐるっと大回りして柏原の振興住宅市へ。
昨年描いたポイントに着くと写生会のメンバーが並んで伊吹山を描いている。
雪まじりの強風で、ガスがかかって伊吹が見えなくなる。
ここはあきらめて柏原宿のメインロード(旧中山道)へ行こう。
だが、雪がやまないので柏原駅舎で昼食をとることする。
やがて雪が小降りになって来たので中山道の通りへでかける。


通りは誰も歩いていない。ところどころの軒先で顔見知りの写生会のメンバーが熱心に描いている。






中山道柏原宿の艾屋(もぐさや)

二年前の3月、日曜写生会のときは春もよう、そのときのスケッチです。
 この建物は盛時に十軒近くもあった艾屋(もぐさや)で、今も残る一軒の店亀屋左京もぐさ店です。創業340年を誇る老舗で、現在の建物は文化12年(1815)のものとか・・・広重が描いた往時のままとか・・・


あいかわらず雪が降ったり晴れたりの繰り返し、それに寒い。
とても座り込んでスケッチする気になれず、通りをあちこち散策して時間をつぶしました。

3時半予定通りメンバーが柏原駅に集合。高齢の画評会のはじまり…
さすが写生会のメンバー、この寒いコンディションにもめげず頑張って描いてきた。
無事2月度の例会終了。暖かい電車に揺られて帰宅の途に着きました。