ひさびさの近江富士歩き
2009・10・29

素晴らしい秋晴れに誘われて、久々にわがホームグランドの近江富士(三上山)を登ってきました。




駐車場のあるふるさと館前からの三上山
432mの低山ですが富士の名にふさわしく堂々としています。


花緑公園の中を通って登山口へ


登山コースは3本あるが、車が止めやすい希望が丘側の花緑公園から登ることにする。



樹林の間に三上山が・・・



東屋の横にちょっぴり紅葉が。
三上山は常緑樹が多いためかえって鮮やかに映る。



ここにもちょっぴり彩がある。
  ここを過ぎると常緑樹の樹林帯で薄暗い急な山道になる。こちら側の登山道は健脚向きしかなかったが、数年前に一般向きの道が造られて登りやすくなっている。



展望のない三上山の頂上
(432m)
駐車場から約45分もかかってしまった。
この三上山は何十回登っているだろうか、年を重ねるごとにエンジンの排気量がダウンしてくるなあ・・・
以前は息切れなんかしなかったのに(^_^;)




頂上からほんの少し下がったところにの岩の上に鳥居と小さな社が祀ってある。




展望台

鳥居の直下に野洲市守山市、草津市街が展望できる。
眼下に左右に走っているのが野洲川です。クロスしているのが野洲川大橋(国道8号線)です。
御上神社(みかみじんじゃ)

滋賀県野洲市にある神社で、「近江富士」の別名のある三上山の西麓に鎮座する。

天之御影命(あめのみかげのみこと)を祭神とする。天之御影命は天津彦根命の子である。鍛冶の神である天目一箇神と同一神とされ、日本第二の忌火の神とされる。

歴 史
 孝霊天皇の時代、天之御影命が三上山の山頂に降臨し、それを御上祝が三上山を神体(神奈備)として祀ったのに始まると伝える。御上祝は、野洲郡一帯を治めていた安国造の一族であり、当社の祭祀は安国造が執り行っていた。養老2年(718年)、遥拝所のあった三上山麓の現在地に社殿が造営された。延喜式神名帳では名神大社に列している。近代社格制度のもとで1871年に郷社に列し、1913年に県社に、1924年に官幣中社に進んだ。





展望台からわが町、守山市を・・・
中央の白い建物付近に我が家があります。
今日は霞んでいて琵琶湖や比叡山が見えていません。

汗の引くのを待って、帰りは一般向きのコースを下山しました。
登りは急道でも危険はないが、下山で転ぶと大事故になうからね。



頂上直下の分岐
直進の健脚向きコースにはロープが張ってあり、一般向きコースの右へ回るように注意書きがある。


大きな岩のある下山道
危険防止の鎖も設置してあります。

今日は素晴らしい秋晴れだったので、スケッチ道具も持参してきましたが、体力消耗・・・・
まっすぐ帰宅してしまいました(^_^;)。