膳所スケッチ散策

2005・3・2



3月最初のスケッチ会で膳所公園から中庄あたりをスケッチかねて歩いてきました。
集合は京阪膳所本町のすぐそばにある膳所神社(13時)だが、私はいつものように朝から現地へ行き、湖岸の膳所公園あたりまで歩きました。



膳所神社






膳所神社表門(重要文化財) 大津市膳所一丁目

 この表門は、旧膳所城の二の丸より本丸への入り口にあった城門で、明治三年(1870)の膳所城取り壊しの際に移築られたものです。
 門は棟筋と扉筋とが同一の垂直面にない薬医門(やくいもん)で城門として多く用いられています。屋根瓦には旧膳所城主本多氏の立葵紋(たちあおい)がみられ、桃山時代の建築として貴重なものです。脇には潜り戸を付け、頑丈な造りで、城門としての貫禄を持っています。




構造が面白いので門の内側からスケッチしてました。





屋根瓦には旧膳所城主本多氏の
立葵紋(たちあおい)



門は棟筋と扉筋とが同一の垂直面にない
薬医門(やくいもん)






湖岸に面した膳所公園にあった三頭三角点「膳所」
三角点は山にしかないと思っていたました(^_^;)

瀬田川に架かる近江大橋の向こうに三上山が見えます。

北 緯  34度59分31秒435
東 経 135度53分56秒031
標 高  87.385 メートル
設置年 明治36年(1903)






膳所公園の湖岸をスケッチしてみました。



重要文化財 蘆花浅水荘(ろかせんすいそう) 大津市中庄一丁目

 蘆花浅水荘は、日本画家山元春挙(やまもとしゅんきょ)の別荘で、大正三年から同十年(1914〜1921)にかけて、京都の大工橋本嘉三郎により建築された。広大な敷地の西半分に、中庭を取り囲むように本屋と離れ、本屋の南方に表門、北方に土蔵に土蔵が建っている。敷地の東半分は離れに面し、芝生の低い築山と、蛇行する流れの庭園が広がり、園内には持仏堂のほか、四阿(あづまや)および茶室などがある。庭園の東端には船着場が残り、元は琵琶湖に面して対岸の三上山をはじめ湖南の山並みを望んでいた。





 表門は一間の腕木門で、屋根は寄棟造、檜皮葺である。
本屋は一部二階建て、一階は住居、二階は応接間とアトリエなどからなり、ここは寺院としての礼拝施設も設けられている。離れは平屋建で、座敷の東と南に広縁を廻す。
主家などは複雑な屋根に深い軒を廻し、いずれも桟瓦葺である。離れと渡り廊下
で接続する持仏堂は茅葺で、春挙の師森寛斎(もりかんさい)と父母の霊を祀り「記恩堂」(きおんどう)とも称され、五畳の茶室の機能も兼ね備える。



 この邸宅は、数寄屋造を基調とする別荘建築の形態を、庭園とともによく保持している。各建物は春挙の意図により、それぞれ異なった意匠でまとめられ、最高級の材料と高度な技術で建てられた建築ばかりで、県下の数奇屋を代表するものの一つである。

残念ながら見学はできませんでした。