| 滋賀の陶器といえば信楽焼があまりにも有名ですが・・・水口の八田焼きご存じですか |
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10月4日、先輩OBのU氏から「八田焼き」という窯元があり、先日訪問してきた話を聞きました。14代目の主はなかなか気さくな方で話が弾み、楽しかったと言う。場所は水口町八田、そんなに遠くないのでU氏と別れたあと、さっそく出かけてみました。 |
甲西町下田(10月1日からは湖南市)から水口(こちらも甲賀郡から甲賀市へ)へ抜ける道を行くと「八田焼きの看板」があるのですぐにわかった。集落の中は道が狭いので公民館の近くへ車を止めて窯元へ向かう。 残念ながら訪問したとき、すれちがいに武藤重国さんは近くの陶芸教室に出かけられたところという。奥様にいろいろな話を聞くことが出来ました。昭和53年ころまでは、庭の先にある竹藪(ちょっと小高くなっている)にあった7個の穴窯を使っていたとのこと。 |
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![]() 十四代 武藤重国さんの八田焼き窯元 八田の集落は、水口の中心街から北へ約7キロ、蒲生郡の境に近い甲賀の山あいにあります。 昭和初期には十数軒の窯元があって、さかんに紫煙を立ち昇らせていた八田の里も、戦中戦後の社会情勢の移り変わりとともに、次々と焼き物を離れ、いまでは、八田焼きの技を伝えて湖東重国の陶工名を受けつぐ武藤重国さんの窯がただ一軒で伝統を守っている。 |
| 集落の細い道を歩くと昔懐かしい風景にであったので、さっそくスケッチをしました。近づいてみると偶然にもこの正面のお家が八田焼きの窯元さんでした。 |
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地元で採れる陶土はきめ細かく、素焼きでも水が漏れないため、神盃づくりには最適で、近江神宮をはじめ、上賀茂神社、長田神社、熱田神宮などに納められているほか、結婚式場や成人式用にも注文が増えており、天皇陛下のご成婚の際にも献上されました。 十四代目となる重国さんは、民芸品ブームで陶芸が脚光を浴びている現在も、目新しさを追い求めることはせず、古い八田焼きの研究を通じて、より昔の八田焼きに迫るものを目指している。(案内チラシより転載) |
| 八田焼きは、陶器作りをこころざし、京都や信楽の製陶事情を学んで帰った宮治伊兵衛により、明暦元年(1655)に始められたと伝えられている。 その後、明和年間(1764−1772)、武藤佐兵衛、宮治吉兵衛など村人たちが信楽から招いた陶工と共同で、近在の土を使って試作したところ、非常に質の良い陶器が生み出され、盛んに生産されるようになり、最盛期には、農家の副業などとして、八田焼きを手がける者は二十三戸にもおよびました。 八田焼きの陶土はきめが細かく、よく焼き締まり、器に何を入れても移り香しないのが特徴で、また鉄分の含有量が少ないため、肌が白く焼き上がり、とっくりや小鉢、ふた物、湯飲み、花器など、生活用品が多く作られた。(案内チラシより転載) |
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| お酒をついだら沢ガニの絵が動く(@_@)?という杯と、徳利、片口をお土産に購入しました。 |
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| おじぞうさん |
神盃(かわらけ) |