ぶらっと京散歩、金閣寺へ

2017・2・4

 この日(2月2日)は人物デッサン教室の日なので草津駅前の「街づくりセンター」へ出かけました。しかし、現地に着いたら予定表に「人物デッサン教室」の書き込みがない。今日と思い込んでいたが来週と勘違いだったことに気がつく。このまま自宅へ帰るにはあまりにも良いお天気だったので、何処かでスケッチしようと草津駅へ引き返す。行先が思い浮かばないので、とりあえずワンコイン(500円)で切符を買ってすぐに来た路行きの新快速に飛び乗る。

 この切符では向日町、京都で乗り換えると奈良線で六地蔵駅、山陰線なら円町駅まで行ける。京都駅に着いたら、なんとなく太秦あたりを散策したくなりJR山陰線に乗り換え円町駅へ。降り立ったが、さて何処へ行こうか、そうだずいぶん昔に行ったままの金閣寺を見に行こうと、スマホの地図で金閣寺の方角を確認して歩き出しました。


立命館大学近くで早めの昼食をとり金閣寺に11時半ころに着く。



金閣寺の概略位置です。
(金閣寺でもらったチラシより)


鹿苑寺(金閣寺)入り口の道を歩いて「総門」へ向かう。


拝観券
 
  京都東山の清水寺ほどではないが、冬でもここ金閣寺(鹿苑寺)は観光客がいっぱい、人気観光スポットなのだ。総門をくぐると正面が唐門、その横に受け付けがあり、拝観料金400円を支払うと、「金閣・鹿苑寺(ろくおんじ)」の案内しおりと「拝観券(写真上右)」が渡される。京都の有名寺院なのに安い拝観料金にちょっとビックリしました。行列状態で受け付けから庭園の中へ。すぐに池があり、金閣が見えている。



 

金閣
写真でよく紹介されている金閣寺の定番スポットです。庭園はよく手入れされている。
池に映える金閣と一緒に記念写真を撮ろうと観光客で大渋滞だ。


後は下図の庭園散策コースに従って一方通行での散策となります。

 

鹿苑寺境内案内図


 

庭園散策路からの金閣
 

不動堂
広い日本庭園を歩くだけで、見たかった金閣内部は見学できなくて残念でした。


金閣寺の散策を終えて、すぐ傍に見えている左大文字山へ。



左大文字
 真夏の京都、盆の送り火”大文字焼”でおなじみの”左大文字”山です。鹿苑寺隣なのでちょっと登ってみたいと思って登山口を探したがわからず、断念する。
左大文字山の後は南へ、北野天満宮を目指す。
その途中にあった船岡山(標高120mの低山)に登る。



船岡山頂上と三等三角点
船岡山については以前にいた時のレポートをご参照ください。
  ・京都街中の低山・船岡山(2007/05/11)


頂上からの京都市街(南方向)の展望
中央奥に京都タワーが見えていました。


頂上からの展望(西北方向)
左奥は何度も登っている愛宕山

船岡山から千本鞍馬口の出て、千本通を南へ・・・
道なりに歩いていると左手に「釘地蔵の案内板に出会う、お参りしてから行こう。
 

千坊通りに面している”釘抜地蔵”の入り口です。
 

通りから入って行くとこの御門がある。
 

石像寺(しゃくぞうじ)、釘抜地蔵の言われ

  浄土宗の寺院で「釘抜地蔵」「くぎぬきさん」として親しまれている。弘法大師(空海)の開基と伝えられている。地蔵堂に安置する石造の地蔵菩薩立像は弘法大師の作と伝えられ、もとは諸々の苦しみを抜き取るという信仰から「苦抜地蔵(くぬきじぞう)」と呼ばれていたが、それがなまって釘抜地蔵となった・・・・。
(現地の案内板より抜粋)


釘抜地蔵にお参りした後、千本道をさらに南へ、千本通りから右手へ、路地を入って行くと千本釈迦堂がある。
 

千本釈迦堂入り口
 

千本釈迦堂の本堂
ここは写真を撮っただけで通過、さらに南へ向かって歩くと今出川通に出る。
ちょっと右へ行くと上七軒の交差点に着く。


 

  上七軒の通りを歩いて北野天満宮へ。
 

正面に北野天満宮の東門が見えてきた。
上七軒(かみひちけん)
 京都市上京区真盛町から社家長屋町に位置する花街である。室町時代に北野天満宮の再建の際に残った資材を使って7軒の茶店を建てた。これが「上七軒」の由来で、桃山時代に豊臣秀吉が北野で大茶会を開いた折に茶店側は団子を献上したところ大いに誉められて以来、また西陣の結びつきで花街としての繁栄を極める。(ウィキペディアより)


 北野天満宮は、京都市上京区にある神社で、通称は天神さん・北野さんとも呼ばれて親しまれています。天神さん信仰の中心で、学問の神として多くの受験生らに信仰されています。


北野天満宮の東門から境内へ入って行くと・・・


紅梅が咲きだしている。
  

本堂と朱色の塀
チラホラ咲きの紅梅がいい感じにマッチしている。
 
有料の梅園には入らず外から撮影(^^;)


宝物殿横の臥牛と梅、天神様にはやはり牛ですね。


国宝の社殿
本殿と拝殿を石の間でつないだ、特色ある建築様式
(公式HPより)



三光門
 楼門と拝殿の間に建つ中門は三光門と呼ばれ、ひと際壮麗な造りと上部に掲げられた後西天皇御宸筆の『天満宮』の勅額によって、当宮のシンボル的な建築として知られています。(公式HPより)
 
北野天満宮・楼門
 

北野天満宮・一の鳥居
よい汗をかいた歩の一日でしたが、スケッチは一枚も描くことができませんでした。


**** 参 考 *****

北野天満宮につての詳細は公式のHPをご参照ください。

北野天満宮のホームページ

残念ながら節分祭(2月3日)には一日違いでした。
※節分祭の様子は以前に行った時の私のHPの下記ページをご参照ください。

・北野天満宮節分祭(2011/02/03)