藤森神社から東福寺へ歩く
2015・3・15(日)

 この日は京都市伏見区深草にある藤森神社へ”あらい舞さん”のライブを聞きにスケッチ兼て出かけました。その帰り道、この前に歩いた京都トレイルを辿って伏見稲荷から京都駅手前の東福寺駅まで歩きました。


藤森神社境内
(南門から入った所からのスケッチです。)
 この広い場所で1200年前の古来より伝わる伝統行事が毎年5月5日の藤森祭(深草祭)に駈馬神事として奉納されているそうです。チャンスがあったら 手綱潜り、逆乗り、矢払い、横乗り、逆立ち・・・などの技を一度見てみたいものです。





拝殿から見た藤森神社の本殿です。
この本殿右横には名水の「不二の水」がある。


 

不二の水(ふじのみず)
 ご神水「不二の水」は二つとないおいしい水という意味で、武運長久・学問向上、特に勝運を授ける水として信仰されています。飲んでみたけど美味しかったですよ(^^)。

 ---- 藤森神社 ----
 創建は平安遷都以前。桓武天皇により都の南を護る守護神、大将軍社が置かれました。5月5日に行われる藤森祭(深草祭)は平安時代に清和天皇の勅命による「貞観の祭」を起源とし、武者行列や駈馬神事が行われています。藤森神社は端午の節句に武者人形を飾る菖蒲の節句発祥の地です。

勝運,学問と馬の神社,「藤森神社の公式ホームページ」
京都市伏見区深草鳥居崎町609




本殿前の拝殿で行われた”あらい舞さんのライブ
寒い日でしたが元気いっぱいパワフルな演奏&歌を聞いて元気をもらいました。




 

藤森神社に西門からのスケッチです。

 あらい舞さんのライブは午後1時から、早めについて藤森神社周辺を散策しましたがスケッチポイントは見つからず、境内とライブのスケッチだけとなりました。



 藤森神社でのライブが終わったのは午後2時半、このままJRで帰るのにはまだ早すぎてもったいない。ちょっと歩いてみようとJR奈良線に沿って京都駅へ向かって歩き出す。やがて今年の1月7日に初めて歩いた京都トレイルの「伏見・深草ルート」道に出る。その道を辿って伏見稲荷へ向かう。
 

伏見稲荷へ向かう途中で出会った梅の花、田園風景が気にいっってスケッチしてみました。




この前は立ち寄れなかった宝塔寺(ほうとうじ)へも参拝することができました。
宝塔寺は、京都市伏見区にある、日蓮宗の寺院です。
山号は深草山。
 

宝塔寺の総門(四脚門)
室町時代建立。
 

正門を入ると仁王門まで石段がつづく。
 

立派な仁王門だ・・・
1711年(宝永8年)再建
 

仁王門をくぐると正面に本堂がある。
 宝塔寺の歴史
 藤原基経が発願した極楽寺が宝塔寺の前身とされている。極楽寺は基経の没後、嫡子の藤原時平により899年(昌泰2年)建立されたもので、『源氏物語』「藤裏葉」帖に寺名が言及されている。
- 中略 -
 寺は1467年(応仁元年)応仁の乱で焼失後、長らく再建されなかったが、1590年(天正18年)8世日銀が伽藍を再建した。
 

 本堂は慶長13年(1608年)建立。入母屋造、本瓦葺き。桁行七間、梁間五間。釈迦如来像、十界曼荼羅のほか、日蓮と日像の像を安置する。
 

本堂横にある多宝塔
室町時代建立



宝塔寺を過ぎると伏見稲荷となります。
今日は時間もないし、ここは何度も来ているので参拝はパスさせてもらいました。

伏見稲荷については下記のページをご覧ください。

・伏見稲荷から京都トレイルを歩いて伏見城へ(2015・1・7)
・思いつきの稲荷山スケッチ歩き(2013・2・22)
・京都一周トレイル:伏見稲荷から蹴上まで(2002・1・9)
 

伏見稲荷の大鳥居
(JR稲荷駅のすぐ前から広い参道になっている。)



参拝や観光客で大賑わい

JR稲荷駅にあるこの古いレンガ造りの小屋が
以前から気になっていました。
それは・・・旧東海道本線?のランプ小屋でした。

 

 案内ガイド板によると・・・
 この「ランプ小屋」は旧東海道本線の建物として残ったただ一つのもので、同時に国鉄最古の建物として貴重な遺構一つとなっている。ここを旧東海道本線が走っていたことを皆さんはご存知でしたか?私も今日はじめて知りました。
詳細は下記案板の文を参照ください。
旧東海道本線
完成 明治13年7月15日
廃止 大正10年8月 1日
 現在の東海道本線のルートである膳所-京都間が開通するまでは、旧東海道本線(番場「膳所」-大谷-山科-稲荷-京都)が東西両京を結ぶ幹線として活躍していました。 この線区の建設には非常な難工事で、それまで外国人に依存していたことから脱却しすべて日本人の手により建設が進められた。明治13年7月14日明治天皇臨御のもとに開通式が挙行、翌15日全線開通の運びとなりました。そして最急行が走破するなど華やかな時代を迎えたわけですが、急曲線の連続急勾配に禍されて大正4年から線路変更工事が開始され、その完成とともに廃線の運命をたどりました。
 大正10年(1923年)、現在の東海道本線のルートである京都~膳所間が開通するまでは京都駅~稲荷駅~山科駅~大谷駅~馬場(膳所)駅が東海道本線のルートでした。
(ランプ小屋の横にあった旧東海道線についての案内板より
  
GR伏見駅で電車に乗ろうか歩こうかまとったが、もう少し歩こうと決める。
そこから疎水沿いを歩いて京都駅手前の東福寺駅まで歩きました。
 

疎水沿いを走るJR奈良線の電車
 

京都タワーが近づいてくる。
16:20 なんとか 無事に京都駅一つ手前の東福寺駅にたどり着きました。
今日はライブを楽しんだり、スケッチしたり、歩いたりと、寒い一日でしたがけっこう楽しむことができました。