太尾山城跡
(ふとおやまじょうせき)
(2010.12.5)
 愛知・三重の山友達と三年ぶりの再開&忘年会をすることになり名古屋へでかける。ついでにスケッチでもしようと早めに出かける。電車はもちろん普通電車ですよ。いつものように出かける前にネットで列車時刻と運賃をチェックする。守山から名古屋まで通しで買うより米原で区切ってキップを二枚にすると200円も安い。そんなこともあって米原駅で一旦下車、乗換待ちの約20分をつかって北国街道沿いを散策することにする。いつものごととくの寄り道癖がまたまた顔を出す・・・・



米原駅東口からの眺め
駅前広場のすぐ前を国道8号線が通っている。とりあえず8号線を越えて町中へ。
すぐに大きな案内板が目に入る。





概略をぼやっと眺め、目当てもないまま山の方に向かって直進する。
とりあえず山麓まで行ってみることに…時間があったら登ってみたいなあと思いつつ・・・・





スケッチできそうな町並みだなあ…



なつかしい古い建物が・・・
旧米原尋常高等小学校の校舎だ。

山麓で道路は終わり、金毘羅大権現の石鳥居が・・・紅葉がまだ綺麗であたりは静かだ。
この先10分ほどで展望所にいけるとある。
とりあえず左手にある青岸寺をのぞいてみよう。



青岸寺(せいがんじ)
 太尾山西麓にある曹洞宗の禅刹で、もとは不動山米泉(べいせん)寺といわれました。南北朝の初期、京極道誉による関基とある。青岸寺山門までは落ち葉の赤い絨毯と鮮やかな紅葉だ。

 山がそばにあるとどうしても登ってみたい衝動に駆られる。金毘羅大権現の鳥居まで戻って石段を登って行く。すぐに小さな社が三つ並んでいる場所に出る。これが金毘羅大権現か・・・・
 道は社の右へつづいている。名古屋での待ち合わせの時間までは2時間ほどあるので、寄道していくことによう(^_^;)。


展望所からの米原市街と琵琶湖の眺め

 ベンチもあって開けた場所になっている。ここは学校山とある。 麓に小学校があったことからだろうか。
この先は道がはっきりしていないが頂上は見えている。ほぼ直登の急な登りがつづく


ところどころに黄色のテープの目印があるので
登山道だとわかる。


頂上の広場
(標高 250m)
なんとなく城郭の跡のように想像はできる。



頂上広場の太尾山城説明板で・・・
中腹の展望所から15分ほどで頂上に着くいたが、
沢山着込んでいたのでもう汗びっしょりだ。

太尾山城
築城は米原氏(地元の土豪)とか、戦国時代に湖南の守護六角氏の城となったが浅井長政が攻略、
織田信長によって佐和山城が攻められると、中嶋宗左衛門が退き、以後廃城となった
北城部分と南城部分の二つの城郭から構成されている

頂上からは びわ湖方面や伊吹山などの見晴らしがよい。展望を楽しんでいたら一人の登山者が現れる。
この人から太尾山城跡やハイキング道の情報を得る。まさか登ることになると思っていなかったので案内板を
よく見ていなかった。ちゃんとした歩きやすいハイキング道があったのだ(^_^;)
下山は教えてもらった盗人岩経由で青岸寺へ下りる道を行く・・・・



日本百名山の伊吹山
特徴のある山容なのですぐにわかる。
手前の低山は横山丘陵です。

・戦国の攻防の跡横山城跡を歩く 2005/3/30 もご覧ください。



ハイキング道から東に見える山々
手前は馬場の宿から登れる鎌刃城跡です。
数年前に虎口の石垣遺構が発掘されたときに
見学に登っている。



歩きやすいハイキング道






鎌刃城跡について興味のある方は下記ページをご覧ください。

・鎌刃城跡国史跡指定記念イベントに参加 2005・5・29

・リベンジの鎌刃城跡から比婆之山経由し男鬼へ 2005・4・27





道標も完備しているではないか。



盗人岩の前で記念スナップ



盗人岩のところも素晴らしい展望がある。



青岸寺境内手前から見える太尾山



米原駅途中下車して今日歩いた寄り道散策のルートです。



まだ秋色がきれいな山麓

青岸寺の墓所を回り込んでもとの山麓に下り立つ。
思いがけず出合った楽しい低山歩きでした。